top of page

春薫るヨモギ 自慢のもちに

(東広島市福富町)

posted on 2020.4.21

text&photo by Takamasa Kyoren

 

 野趣あふれる香りと苦みが特徴の草もち。一年を通じてスーパーなどで買えるが、本来は「春の味覚」である。もちに練りこむヨモギが春先に芽吹くからだ。春の日差しが暖かさを増すこの時期、柔らかい新芽を求めて人々が野山や田畑に繰り出す。山あいの町、東広島市福富町でも、地域で作り続ける自慢のもちに使うヨモギを「乙女」たちが摘んで回る。

DSC_1234.JPG

​摘み取ったヨモギを広げ、輪になって丁寧にゴミを取り除く

 4月半ば、東広島市福富町内の畑に地元の女性たちが三々五々、集まってきた。季節外れの雪が舞った数日前の寒さから一転、本格的な春の訪れを感じさせる暖かな日だ。

 「ここ全部、摘んでいいって」

 寺西英子さん(80)=福富町上竹仁=の呼びかけで、ハサミと米袋を携えた女性たちが畑に散った。

 なだらかな斜面に広がる畑やビニルハウス。野鳥のさえずりが間断なく聴こえる。見ごろを迎えた桜のピンクが目に優しい。

 集まった女性たち7人は「福富物産 しゃくなげ館」(福富町下竹仁)のもち製造グループ「ふっくら福もち」のメンバーだ。草もちなどに使うヨモギを毎春、みんなで摘みに出る。この日は、農家の大久保高由さん(71)に「うちの畑に、よおけあるで」と招いてもらい、今シーズン2回目の町内でのヨモギ取りに精を出した。

DSC_1177.JPG

​先に近い方の柔らかい部分を、ハサミで手際よく摘む

DSC_1156.JPG

見ごろを迎えた桜を見やりながらのヨモギ摘み

DSC_1197.JPG

梱包ひもで作ったカラフルなかごに、ヨモギがみるみるたまる

■暮らしに溶け込む野草 今も昔も異国でも

 女性たちは大半が「リタイア組」のお年ごろ。だが、その動きは畑に出没するシカ並みに軽やかだ。急なのり面をスイスイと上り下りしながらハサミをふるい、用水路の溝にバシャバシャと入って摘み進む。

 「この畑のは、ええヨモギじゃね」

 みんな口をそろえる。周りの草の種類や生え方、生長の具合などがばっちりで、柔らかく、かつ摘みやすい草が多いのだという。

 「ええとこに来させてもらった」

 「午後も摘ませてもらおうや」

 体力はイノシシ並みだ。

 ヨモギはキク科の多年草。野山や畑、川土手など全国各地に自生している。昔から食料や薬などとして、人の暮らしに溶け込んできた。食用には芽吹いたばかりの柔らかい草が適するため、旬は春。桃の節句や端午の節句での草もち・草団子をはじめ、てんぷら、汁物などが代表的な食べ方だ。漢方の生薬や魔除けなどにも用いられる。

 ヨーロッパでも、ハーブティーやお酒(アブサン)の原料などとして、「存在感ある草」の地位を得ている。

 

 「ゴホッ、ゴホッ」

 ヨモギを摘んでいる女性の何人かが時折、軽くせき込んだ。

 「あぁ、やっぱりやられるねぇ」

 一種のアレルギー。ヨモギの裏にある白く短い毛が、いけないのだという。

 裏毛は、葉から水分が失われるのを防ぐ役割がある。もちに混ぜ込んだ際は、この毛が絡み合って粘りを生む。この裏毛だけを集めてお灸に使うこともあるという。

DSC_1199.JPG

ポンポンポンとエンジンの音。畑の主の大久保さん㊨が、ビニールハウスの中から運搬車で現れた

​​■薬膳風の濃い香り もち4千個分に

 近くのお食事処に「コロッケ定食」でランチ。食後も畑に戻ったが、「食べ過ぎて動けんね」と笑い声が相次ぐ。早めに切り上げ、午前、午後の計2時間余りの「一斉捜索」で、30キロ入りの米袋4袋半分のヨモギを集めた。

 たっぶりの収穫物を車に積む。

 「葉が生き生きしとるうちに、下処理もやってしまうんよ」

 すばやく「しゃくなげ館」に移動する。

 まずは、ヨモギ以外の草やゴミを手で取り除く。次にシンクで水洗い。2度洗ってから、大きなずん胴で茹でる。重曹を加えたたっぷりのお湯。ヨモギが投げ込まれると、葉が深い緑色から鮮やかな緑色にぱっと変わった。美しい。

 どろりと濃厚な薬膳のような香りが、加工室にたちこめる。まるでロシアのサウナ。呼吸するだけで、体が浄化されていきそうだ。

 「こりゃ、コロナも逃げていくかね。うははっ」

 女性たちの軽口も弾む。

 下処理を終えたヨモギを、冷凍保存用のビニール袋に400グラムずつ詰めると、計56袋になった。実に丸もち4千個以上分。来春まで順次、もちに混ぜ込んで加工する。

DSC_1270.JPG

茹でたヨモギを扇風機で冷ましながらほぐす

DSC_1277.JPG

下処理したヨモギは冷凍保存し、次の春まで少しずつ使う

■地域の看板食 今できること続ける

 地元住民たちが運営する「しゃくなげ館」の看板商品の一つが、もちだ。地元で取れたもち米やヨモギ、沼田(ぬた)川源流域の良質の水が主原料。二つの女性グループが交替でこしらえる。正月用のもち製造がピークを迎える年の瀬には、1日300キロ余りのもちをつくという。

 かしわもちの季節が近づく今春は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、外出や営業の自粛の動きが広がる。

 「この先、売れ行きがどうなるかね。どんだけ作ればいいかも、わからんね」

 朗らかな寺西さんが、困り顔でこぼす。

 ひとまず、できることをやっていく。翌日もみんなでヨモギを摘むことに決め、またにぎやかに後片付けを始めた。「年ごろの女性たち」のマシンガントークは、最後まで尽きることはなかった。(終)

​<福富物産 しゃくなげ館>

 東広島市福富町下竹仁470-1

 ☎082(435)3533

 https://syakunagekan.com/

★しゃくなげ館も2020年4月18日~5月6日までの予定で臨時休業に入った

DSC_1222.JPG

「ふっくら福もち」の女性たち。赤や黄色のかわいらしいエプロンは、乙女心が満開

bottom of page