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アジア​写真日記

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​ダラットのくじ売り少女①

ベトナム避暑地のカフェ

不意に陰った少女の笑顔

 夢を語る時の人の顔はいいものだ。キュッと凛々しい顔、楽しくて仕方ない顔、気恥ずかしそうな顔、まだ迷いながら言葉を探している顔。

 ベトナムの高原の町、ダラットに来た。坂道だらけのこの町では、ベトナム名物の人力三輪車シクロの姿は、とんと見かけない。
 ある日の午前、目抜き通りの坂に沿って並ぶカフェの一軒でパイナップルシェイクを飲んでいると、ひとりの少女が店の階段を上ってきた。日本で言う「ナンバーズくじ」を売り歩いている子だった。
 店内には僕と店員の2人しかいない。その子はまっすぐ僕の方へやってきて、右手に持ったくじの束を差し出した。僕をベトナム人と思っていたようだ。

「ごめんね、日本人だから要らないよ」と言うと、その子は少し驚いた顔をした。そして、僕の日記帳にある日本語を熱心に眺め、ニコニコ笑いはじめた。
「ここ座っていい?」
「いいよ」
 バン・アンちゃんという13歳のその少女は、僕の正面に腰をおろし、ニコニコ笑い続けた。コップに冷たいお茶を注いで勧めるが、はにかんで首を振る。「いいから飲みなよ」。アンちゃんは少し考えてからコップに手を伸ばし、ぐいっと飲み干した。朝夕は涼しい避暑地とは言え、日中は強い日差しですぐに汗ばむ。
「これ、ベー・ソー(数字くじ)だよね。今日は日曜日で学校が休みだから、お手伝いしてるのかな?」。口をついてすぐ、(しまった。そうじゃない!)と気づいた。
「ううん…学校には行ってない……」
アンちゃんの笑顔が陰った。僕は少しあわてて、話を継いだ。

 

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​ダラットのくじ売り少女②

夢は「お医者さん」

学校行かず生計支える

 アンちゃんはタインホアという北部の田舎町から、家族でダラットに移ってきた。13人兄弟の末っ子で、家はこのカフェの近くだそうだ。
「ダラットは好き?」と僕は尋ねた。
「景色は好き。でも田舎の方がたくさん親戚がいるから好き。あなたは家族と暮らしてるの?」
「ひとりだよ」
「えーっ! 寂しいでしょ。私は耐えられない。1ヶ月が限度だな。家族と1日会えないだけで、寂しくて仕方ないもん」
「そっか。お父さんとお母さんのこと、大好きなんだね」と尋ねると、「うん!」と強く答えた。

 しばらく話すと、僕のベトナム語がついていかなくなり、会話が途切れた。アンちゃんは、店内に流れている女性歌手の歌に合わせて歌い始めた。
「アンちゃんは将来、何になりたいの?」
「お医者さん」
「へえ。ベトナムでお医者さんになるのはむずかしい?」
「そんなこと、知らないよ。でもね、人を診てあげるのって、楽しいと思う」。アンちゃんはそう答えると、
医者になったらどんなことがしたいか、身ぶり手ぶりを交えて一息に語ってくれた。アンちゃんの顔いっぱいに、喜びがあふれていた。細かいベトナム語はわからなくても、その顔を見眺めているだけでこっちもうれしくなる。
 語り終えると、アンちゃんはまた歌を歌い始めた。
「アンちゃん、歌手になりなよ」
「うわー、だめだよ私は」
「好きな歌手は誰?」と尋ねると、ニコニコしながら好きな歌手のことをたっぷりと聞かせてくれた。
 アンちゃんは、朝6時に起きて夜12時に寝るまで、休憩を挟みながらだけどほとんどくじを売り歩いている。学校に行かせてあげたら、きっといいお医者さんになれるのになあ。

 

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ダラットのくじ売り少女③

30分の楽しいひととき

何よりうれしい贈り物.

 アンちゃんと話していると、やわらかい気分になってきた。僕はかばんに入れていた、インドで買った首飾りをアンちゃんにあげた。
「ありがとう! これ日本の?」

 アンちゃんがさっそく首飾りを首に巻き着けながら聞く。
「いや、インドのだよ」と答えると、アンちゃんは「ああ、インド。これね」と言いながら手を合わせておじぎをした。インドのお坊さんのまねのようだ。

「あはは!」。僕たち2人の笑い声が、相変わらず他に客のいない店内に明るく響いた。
 アンちゃんは、子どもには少し長すぎる首飾りを首から外し、左の手首にぐるぐると巻き着けて僕に見せた。そして、それまで着けていた黒い数珠のような腕輪を外し、僕に差し出した。

「あげる」
「え、でもこれはアンちゃんのでしょ?」
「だって、この首飾りもあなたのでしょ?」
「あぁ、そっか。ありがとう!」
 子どもサイズの腕輪は僕の手には少々きつかったが、うれしいプレゼントだった。
 アンちゃんは結局、お茶を3杯飲み干した。別れ際、メモ用紙に僕の日本の住所を書いて渡した。住所の最後に「Nhat Ban(日本)」と書くと、「え! 日本人なの!?」と言われた。え、そこから!? 何度も言ったじゃん……。


 アンちゃんと話したのはほんの30分ほど。その30分のおかげで、その日一日はずいぶん気分よく過ごせた。ダラットの町をまた訪れたいな、と思わせてもらった。何よりの、うれしいプレゼントだ。(終)

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