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アジア​写真日記

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キルギスで馬旅①

高山と湖の国

ごく自然な「助け、助けられ」

 中国の西隣りに、キルギスタン(通称キルギス)という小さな国がある。国内をぐるぐる移動したが、道中の景色はほとんど山、山、山! ガイドブックで調べてみると、なんと国土の94%が山地で、40%が標高3000メートル以上らしい。そりゃ山しか見えないわけだ。

 そのキルギスのほぼ中央にあるソンコル湖へ、馬に乗ってトレッキングに出かけた。首都ビシュケクから、ソンコル湖トレッキングの拠点になるコチコル村まで移動するため、乗り合いタクシー乗り場へ向かった。
 ビシュケク市内を走るミニバスには、停留所というものがない。どこでも手を挙げれば停まってくれるし、降ろしてくれる。僕も適当な所で手を挙げてミニバスに乗り込む。
 少し走った所で、シワだらけのおばあちゃんが乗り込んできた。両手には大きなビニール袋。中身は大量のペットボトルだ。回収してきたのを業者に売るんだろう。巨大な袋をふたつ車内に放り込み、おばあちゃんはキラキラと爽やかな笑顔で、スカートをたくし上げて「エイサ、エイサ」と軽やかに乗り込む。
 袋を受け取ったり、手をとっておばあちゃんの手助けする乗客の男。ふたりの間で会話が始まる。
 「おばあちゃん、ずいぶんボトル集めたね」
 「だめさ、これっぽっちじゃあ。おまんま食い上げだよ」
 なんてことを言っているんだろうか。
 おばあちゃんは「ありがとう」という言葉は言わない。男の方もきっとお礼を言われるなんてことは期待していないんだろう。見知らぬ人同士であっても、「助け、助けられ」が自然に行われている。

 タクシー乗り場に着き、ロシア製ポンコツ車の乗り合いタクシーと値段交渉してから乗り込んだ。すでに3人のキルギス人の男が乗っていた。後ろの席に僕が乗ってちょうど定員。コチコル村へ出発!
 車の少ない幹線道路を、ビュンビュンぶっ飛ばす。乗り合わせたキルギス人たちはみんな気のいい連中だ。
 「日本人だろ?」「齢はいくつだ?」「結婚してるのか?」「恋人はいるのか?」「なぜ彼女と一緒に来ない?」
 中国でもインドでもベトナムでも、ここキルギスでも、大抵こんな会話が交わされる。この歳なら結婚していて当たり前。結婚していないなら彼女がいるのが当たり前。彼女がいるなら一緒に旅行するのが当たり前。そんな彼らの「当たり前」を次々と覆してしまい、最後は「このろくでなし!」と一喝されてしまうのがオチ。

 途中、道路脇の青空市場で休憩。運転手のおじちゃんは、大量のトマトを買い込んでトランクに積んだ。再び走り始めてすぐ、また車を停めた。後部座席の男が「はいはい、ちょっと待っててよ」といった感じでおもむろに車を降り、近くの店に入って行った。しばらくして、ニヤリと満足そうな笑みを浮かべ、ウォッカ1瓶と炭酸水を抱えて戻って来た。
むむっ。

 再び出発!
 車内で回し飲みが始まる。まずは助手席のおじいちゃんがウォッカの瓶をあおり、炭酸水も流し込んで、プハッと満足そうな顔をした。
 ドライバーのおじちゃんが飲もうとしたら、さすがにそこで止めようと思っていたが、彼は炭酸水しか飲まなかったので一安心。僕にも2度ほど瓶が回ってくる。
 僕が2口飲む間に、彼らはすっかり気持ちよく酔っ払い状態。低めだったテンションもぐんぐん急上昇。
 「おい、何か日本の歌を唄ってくれい!」「キルギスの女はきれいだろ、がははっ!」「おい、もっと飲め、もっと!」
 眠いよー、寝かせてくれー……。ドライバーが一滴も飲まないうちに、ウォッカの瓶が空いたのを見届け、僕は安心して居眠りに入る。
走ること2時間半。宴会タクシーは、無事コチコル村に到着した。よかったよかった。

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キルギスで馬旅②

散歩途中にフラワーギフト

花に囲まれ、心地よく昼寝

 コチコルで1泊し、翌朝早くにソンコル湖へ向けて出発した。すでに標高1800mほどの高地なので、9月とは言え、早朝の空気は冬のように冷たい。朝食に出たあったかいミルク粥がとてもありがたい。好物のヨーグルトもおかわりする。キルギスの民家での食事には、必ずと言っていいほど自家製のヨーグルトがついてくるのでうれしい。
 食べ終えて外へ出ると、太陽がだいぶ高い位置まで上がってきている。寒さでこわばっていた体がゆっくりとほぐれてくる。太陽ってすごいなぁと思う。

朝食後、トレッキングに同行してくれるガイドのマクサット君と合流。まずは馬を借りるため、車で2時間ほど走ったキザルトという村へ立ち寄る。
 マクサット君が馬の手配をしてくれている間、キザルトの村を散歩した。
 通りがかりの民家の庭に、色とりどりの野花が咲いていた。きれいだなぁ、とジロジロ眺めていると、怪しいやつだと思われたらしく、民家のおばちゃんが怪訝そうな顔で寄ってきた。
 「ヤポンダ?(日本人か?)」
 「はい」
 「どこに行く?」
 「これからソンコル湖へ行くんです」
 「あぁ、そりゃいい。ソンコルはきれいだよ」
 話をしているうちに、おばちゃんは「花束を作ってあげよう」と言って、庭の花を摘んで大きな花束を僕にくれた。黄、白、ピンクのきれいな花束に顔を近づけると、野生味のある香りがふわっと広がった。こんな素朴なギフトがとてもうれしい。

 マクサット君と再び合流し、民家の1軒で昼食を取らせてもらう。パン、ジャム、目玉焼き、羊肉・トマト・じゃがいもを具にしたキエスメという麺料理、そしてヨーグルトとあったかいチャイ。どれもシンプルな味がうまい。
 この民家のおばちゃんに、さっきもらった花束を贈ると、すぐに食卓に飾ってくれた。
 家の中を見回してみると、あちこちに花が飾ってあった。全部道端で咲いていた花だ。 生活するのに最低限の家具と、大きな古めかしい電話機。テレビなどわずかな電化製品。それに、キルギスの伝統手芸品のフェルトで作った絨毯や装身具。余計なものは一切ない。
 何だか心がふーっと穏やかになる。心が穏やかな時はとても気持ちがいい。なので、食後にソファーを借りて、たっぷり昼寝もさせてもらった。

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キルギスで馬旅③

馬にまたがり山道を行く

旅は道連れ、馬乳酒のおこぼれに

 昼寝の後、ようやくトレッキングに出発。マクサット君は、2人分の荷をすばやく馬の横腹に縛りつけ、「レッツゴー!」と大きく叫んだ。マクサット君に手伝ってもらい、何とか僕も馬上の人となる。
 マクサット君は22歳の青年。コチコル村生まれで、今はトレッキングガイドを仕事にしている。
 「ガイドの仕事はお金がいいから。両親からもありがたがられてるんだ。けど将来は勉強し直して、別の仕事をしたい。そうそう僕、今彼女がいるんだ。でもまだ結婚はしたくないんだ。うーん、4年後、そう4年後がいいな」
 「どうして4年後?」
 「だって、もう少し自由に遊びたいでしょ」とマクサット君はいたずらっぽい顔で笑って言った。

 村を抜けて10分も行くと山道に入った。時折、馬に乗ったキルギス人の男とすれ違う。マクサット君も相手も、逐一馬を止める。出会う人ひとりひとりと、ちゃんと時間をかけて話をするのだ。

 まずは握手で始まる。僕が見た限り、年下の者が先に手を差し出し、その手を年長者が受ける、ような気がした。
 「どこどこ村の何々と言います。このヒマ人旅行者を連れてソンコル湖へ向かいます。今夜はどこどこの家族のユルト(=キルギス式移動式住居)に泊まる予定です…」

 おそらくそんなことを、マクサット君は話していた。

 何人目かで、馬の横に皮袋をぶら下げた男と出くわした。何だろう、と思って僕がジロジロとその袋を眺めていると、「飲め、飲め」と男が勧めてきた。中を見ると、白いミルクのようなものが入っている。馬乳酒だ。

 一口もらう。ピリッとした酸味が舌を突く。あんまりうまくないなぁ、と思いながらもせっかくなので飲み干すと、「もっと飲め」と勧めてくれる。結局もう1杯もらう。舌が慣れてくると、「あれ、うまいかも」と思い始めた。これは馬の乳を発酵させて作る酒で、キルギスではクムスと呼ばれている(牛乳から作る地域もある)。

 見渡す限りの山景色の中を、気持ちよく澄んだ空気を吸いながら、ひたすらパカパカと進んでいく。僕の馬は、道端の草を歩きざまに器用に食んでいく。日中は日差しが強いので、馬もボタボタ汗をかいている。クソも器用にボタボタ落としていく。馬は歩きながらクソをするけど、小便をする時は立ち止まらなければできないようだ。うーん、納得。
 いくつかの峠を越えて、何本かの小川を渡り、夕方5時過ぎに、今晩お世話になるユルトに到着した。

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キルギスで馬旅④

小さな移動家屋に家族が集う

馬乳酒は子どもの栄養源!?

 到着したユルトでは、赤ら顔の主人がクシャクシャとした笑顔で迎えてくれた。
 「ここはキレムチェという所。カーペットという意味だ」
 「カーペット?」
 「丘の上から見ると、カーペットを敷いたような地形に見えるんだ」
 こういう名前の付け方は、言葉がすごく地に根付いているようで、いいなぁと思う。
 「うちに泊まる日本人はお前が初めてだ」と、歓迎のチャイとクムスで乾杯。子どもにもクムスをバンバン飲ませている。
 「え!? これお酒じゃないの?」
 「大丈夫、薄いから。クムスは栄養満点だから、子どもには一番いい飲み物なんだ」 と言う。当の子どもも、うまそうにクムスを平らげる。

 

 ここには2家族が暮らしているそうだ。簡単に自己紹介したあと、3つあるユルトの中を見せてもらう。奥さんが食事の準備をしている。その横に、4歳半になる娘っ子がちょこんと座っている。
 6畳ほどのスペースに、囲炉裏と小さなテーブルと炊事道具などがある。もちろん、仕切りも個室もない。日が暮れて、辺りが真っ暗闇になる頃、小さいユルトの中でひとつの食卓を囲んで、食べ、飲み、話して、家族みんなが同じ夜を過ごすんだろうなぁ。
 ユルトの周りを歩き回っているうちに、だいぶ日が暮れてきた。小川に水を汲みに行く子どもたち。野グソにはげむ男の子。のどかな光景だ。

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キルギスで馬旅⑤

神聖さ感じさせる湖畔の星空

「人のできることは高が知れてる」​

 その日の夕食はマカロニスープとパンとチャイ。僕らの食卓は、来客用ユルト(=キルギス式移動式住居)の中。マクサット君と、ユルトのお母さんとその子どもの4人でいただいた。
 お腹がすいていたので、スープもパンもおかわりをもらう。手作りのマーマレードジャムがうまくてうれしい。物が限られていると、ほんの小さなことで幸せを感じる。

 マクサット君が馬の様子を見に行き、お母さんがお皿を下げに行き、子どもと僕だけになった。その子は、残りのパンをまだボソボソと齧っている。この大自然の中で、ごく限られた物資で子ども時代を過ごすこの子は、僕達とはまったくちがった目で世界を見て生きていくんだろうなぁ。

 食事の片づけを終えてから、ユルトの中で日記を書く。
 日付を入れると、今日は9月11日。どこかの国で何かが起きているかもしれないなぁ、と思う。しかし、ここはそんな世界とはまったく無関係の時間が流れている。水道も電気もトイレもない、だだっ広い草原の中にいると、飛行機が高層ビルに突っ込むような現実が想像もできなくなる。

 「おにぃちゃん、これを使いなさい」と言って、お母さんが石油ランプを持ってきてくれた。
 「あぁ、ありがとう」
 「寝る時はちゃんと消してから寝るんだよ」
 「はい」
 円卓に置いた小さな石油ランプの灯をとても明るく感じる。
 蛍光灯、ネオン、照明……。明るさに溢れた中で生活していると、ひとつひとつの灯の暖かさに鈍感になってしまうのかもしれないなぁ。

 夜8時半、すっかり日も沈み切って、辺りは漆黒の闇。空は徐々にプラネタリウムと化してくる。遠い遠い星空をボーっと見ていると、近くにいてくれる人が愛おしくなる。
 体が冷えてきたのでユルトに戻り、マクサット君とぐだぐだおしゃべりしてから、午後10時頃に布団に潜り込んだ。昼間は半袖Tシャツだったが、夜は長袖シャツにフリースを着込んでも寒い。3枚重ねのずっしりした布団に入ってしばらくして、ようやく体が温まってきた。馬が草を食む音を遠くに聞きながら、「おやすみ」。

 深夜遅くにトイレに立った。マクサット君を起こさないように、そっとユルトの外に出ると頭上には満点の星空。照明灯のように、星が空を埋め尽くしている。自然ってすごく神聖なものなんだなぁと思う。
 人のできることは高が知れているなぁ。僕が考えていること、世の中で起きていること、大抵のことは大したことじゃないのかもなぁ。
 真っ暗闇の中で小便をした後、しばらく空を見上げていたが、すぐに体が冷えてきたのでユルトに戻って布団に入った。

 翌朝、朝食にピロシキをいただき、小川で顔を洗って、草むらで野グソをした。次のユルトへ出発する前、持参していた三線で、家族へのお別れの挨拶代わりに3曲ほど歌った。
 「ありがとう。また会う日まで」
 赤ら顔の主人とがっちり握手をして、僕とマクサット君はキレムチェのユルトを後にした。(終)

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